昭和57年5月10日 月次祭
秋田健一郎
どうも体がきつい。
ところが不思議なことに、こうして、まあ、消毒をつけさせて頂く頃までは、とってもきついんですけれど、いよいよお祭りに出らせて頂いて、ご祈念をさせて頂いておると、何か不思議に、このー、体の血が入れ変わるような、生き生きとした、そのきつさがなくなって来るんです。
今日、お昼の奉仕にもそうでした。
お昼に、ここに出て来るまでは、もう本当に、もう手を上げたくない程きつい。
ところが段々、今日は月次祭でもありますから、次々とお取次を願い、(?)一生懸命お取次させて貰い、また、ご理解を出して頂ける時には、ご理解を一生懸命説かして貰う。3時の研修になりまして、研修が終わってからも、4時のご祈念の時間をはずしてしまう位に一生懸命お話しをさせて頂いておりましたら、もう下がる時には、もう少しもきつくないんです。
また、こんだお風呂に入って、また一服して、ここまで出て来る間は大変きつい。けれども、ここで、こう、こと神様の御用をさして頂いておると、そのきついというのが無い。
そのことを今、お話しさせて頂いておりましたらね、神様から、えー、「御用にね、落ち込んでおる」。ね。
言うならば、我を忘れて神様へ心を一生懸命向けておる。ご結界で奉仕させて頂いて、我を忘れて一生懸命お話しをしておる。だいたい、今日もきついならば、2時間でサッと止めて早よ下がるのに、ところが、ご本部からちょうどビリグイから、あのー、手紙が来とりましたから、それを皆に聞いて貰うたり、また、お話をさせて頂いとったら、4時に立たんならんのを、おー、4時半のご祈念の時間までお話をするようなことで、それこそ我を忘れて一生懸命お話をしておる。
結局ね、あのー、ここで「信行、心行、家業の行」と、こう言われます。
家業の行ということは、それに没頭するということですけれども、ね、我を忘れての、やはり御用でなからなければならん。いわゆる「我を忘れて」という。御用に打ち込まして貰う。そういう御用であって、言わば、ね、神様が修行として受けて下さる。「信行、心行、家業の行」。
家業、「もう今日は、もうきつかった。きつかった。」と言うときには、本な御用が出来とらんときです。算盤ばっかり握って、御用はしとらん時。ね。
もう、それこそ我を忘れて、もう我情もなからなければ我欲も無い、一生懸命、そのことに打ち込んでおるという。しかも、我を忘れて。そのことを頂くんです。
ですから、信心とは結局、なら信行、心行であると同時にね、家業の行を銘々持たない者はありませんから、家業の行の取り組み方がね、ま、本気で、我を忘れてそのことに没頭出来るような御用であって、はじめて、えー、おかげを頂くことになるのです。
我を忘れて御用に打ち込んだら、病気は治るでしょうね。やっぱり。ね。
今日、福岡の川上さんが毎朝お参りになりますが、今日、この頃、必ず、或るところから乗り込んで来られる方がある。大きな、大変、先代の時には大変な、それこそ御比礼を頂かれた教会の御信者で、もう五十年から信心をなさる。やっぱり、毎日毎日会うもんですから、あー、訊ねられるから、こうして合楽に参って、もう長い間日参で続けておる。福岡から。
「良う、出来られますなあ。」と言うて、まあ、合楽にお参りをしよるということを聞いて、自分ところの初代の信心から自分方の教会の信心を、一生懸命話して下さる。そして、「これを読みなさい」。「これを読みなさい。」と、その教会から出とるご本を下さる。そりゃあ熱心である。
「なら、私も、いっちょ、そこの教会に参ろうか」と言われん位に、一生懸命に、熱心に話しなさる。
けれども最近は、このー、「川上さんのお話を聞きたい。」と言うて、傍に寄って来なさる。先だってからも、ここで、えー、新聞を、もう、上げられたり、先だってから、「天の心、地の心」というパンフレットを、ここから出とりますとを上げられて、もう、大変感じ、感激された。今日、その方が言われるのに「私は、50年間の信心、40年間毎朝水行をいたしよる。もうそれこそ、降っても照っても、寒かっても暑かっても、朝、ご祈念に参拝する前に、水をかかった。ところが、あのご本を読ませて頂くと、合楽では、ね、表行全廃と言うこと。しかも、教祖が仰っておられる、はっきりした御教えを基にして、表行が全廃になったそうですが、ね、信心、心行、家業の行に打ち込めと書いてあるが、もうまさしくその通りです。私は、あのご本を読ませて頂いた翌朝から水を被ることを止めました。もう本当に、おかげを頂いております。あちらに読ませて頂くご本があるなら、是非、また後、お願いします。」と言うて、えー、言われると同時に、ね、「教団全体が、合楽で言われておられる合楽理念。合楽で言われるご信心が、全教に広がっていかなければ、教団はもう駄目になってしまいますよね。」と言うて、まあ、話されたということを、今朝から聞きました。
私も、全くそうだと思います。ね。
その中の、なら芯になるのがです、言うならば、合楽の場合は「信行、心行、家業の行」である。信心の行である。心の行である。ね。
特に、なら今の、私が今日、今頂く家業の行というものが、本当に神様が行として受け取って下さった。有難く。言うなら、我を忘れて、自分の御用に打ち込めるというような御用とはどういう心の状態になったら、有難いのか。
これは、まあ、本当に仕事がね、好きになる。御用が好きになる。ということもありましょうが、ね、こと神様のことにならせて頂いたら、もう本当に、一心不乱にそのことを一生懸命。もう、それこそ疲れも忘れて、きついのも忘れてお話をしておる。お話を終わった頃には、体がシャンとしておる。ね。
だがら、この御用というのは、言わば、やはり無条件のものでなからなきゃいけないことと同時に、我を忘れてさして貰うような御用であってはじめて神様が、修行として受けて下さる御用になる。「信行、心行、家業の行」。
家業の行を持たない者は無い。その家業の行を、いよいよ本当のものにしていく手立てが要るようです。
今日、うーん、朝のご理解に、一心を立てるということ、一心を立てることによって、おかげが受けられるという、昨日もその話をして、今朝からも一寸話したことでしたけれども、えー、神湊と言うところがある。そこに行ったら、世羅という方が、婦人、先日、私、後から聞いたんですけれども、ご主人がここまで送って来られる。ね。ご主人は信心が無いから、もう自動車の中で待っとんなさる。息子さんと二人で出て来なさる。と言うのは、もう1ヶ月も前に、そのー、柴田さんのお導きで参って見えたんです、鞍手の。
それが、大きな石がここにある、お腹の中に出来ておる。それから、胃潰瘍が、潰瘍が出来ておる。それから、まー一丁何とかと言う難しい病気です。
それで、どうでも入院して手術をすることをお医者に勧められたけども、「もう、どうしても手術をするということは私は嫌いです。」と言うて、柴田さんに話された。
柴田さんが、「そんなら、手術せんでおかげの頂けるところがあるけん、どうでんこうでん、お参りなさい。」と言うて、お導きして参ったのが1月前だったでしょう。ね。
それで、私が「医者に掛かって、医者に、医者に掛かって医者の言う通りにせにゃならん。」と、私が言うんですけれども、もう、あまりも、そのー、「とにかく手術はしたくない。」と言うことで、「神様にお願いをしてくれ。」と言うのですから、「そんなら、お願いをいたしましょう。その代わりにね、神様に一心を貴女が立てなければ駄目だよ。」と、まあ、申しましたです。
ところが、本当に、やっぱ一心を立てられて、それから毎日、朝のご祈念の後に参って見えるんです。ね。神湊からじゃ相当ありましょう。ね。それを毎日毎日日参して来るんです。
そして、昨日、一昨日、柴田さんの所に電話が掛かって来た。ね。「今日は、病院に、そのー、やらして頂いた。痛みよったつが痛まん。とても、体の調子が良い。
それで、医者に行かれたところが、潰瘍も無くなっとるし、石も大体、石を溶かすという薬が有るそうですね。けれども、薬も飲まずに、ね、その流れた覚えも無いのに失くなっとった。もう、医者もたまがる。自分もたまがる。そのー、三つの病気が、それこそ、かき消すように失くなっておった。
「もう、こげな有難いことは無い。」と言うて、柴田さんに電話が掛かって来た。
だから、また、ここに、ここにお礼に出て来なさるじゃろうと思いよったら、もう、とうとう来なさらじゃった。ね。
それで、私は昨日、そのことについて、結局ね、まあ、「一心を立つれば、おかげになる」という一心は、そういうおかげを頂くためには、ただ、「頼んでるけん、良かろう」。「もう、一遍参ってお願いしとるから、良かろう。」ではいけんことが分かりますね。一心を、やはり、表さなければ駄目です。
それで私は、昨日、毎日参って来よ、来よんなさったのに、参って来なさらんですもん。
「ほー、もう良うなったけんで(笑い)、もう参らんで良かと思いなさったばいなあ」と、こう思うとったら、今朝からまた参って見えました。
そして、本人から、また詳しく聞かして頂きましたが、ね。もう本当に、ただ、ただ驚くばかりでございますが、この神様の有難さが分かりだしたら、なんか割烹料理をなさっておられる。お店のこと、従業員のこと、頼まんならん願わんならんこたあ一杯ある。
「そんならば、その頼まんならんことも、願わんならんことも、貴女が体の手術をしたくないの一心が、一心に神様へ向こうてきたように、ね、一心を立てて、お商売の上にも、また子供達の上にも、おかげを頂かなければいけませんなあ。言うなら、この1月間はおかげを頂くことのための、言うなら、一心だったから、これからは真の信心を頂くことのための一心を立てられたら、今朝のご理解を、今日頂いてご覧なさい。それは素晴らしいですよ。」と言うて、まあ、お話したことでございます。
ところが、なかなか、ね、真の信心を頂くための一心が出らんのです。皆んなが。ね。
もう、私どもも合楽で、そのご理解を私自身が頂いておるわけですけれども、ね、いつも、その、言うなら、新たな飛躍を遂げておるのが、合楽の信心。
確かに、御理念は、言うなら、助かりの理念として、もう、人間が本当に人間らしゅう助かっていくためには、こういう手立てがあるんだぞということを教える、その完、いや、完璧なまでの教えに、の入口に立ったのが、現在の合楽理念。
だから、これは、また、これは、より本当なことを私が生涯かけてこのことに取り組んでいくことでしょうから、より本当なことが。こう分かっていくことになりましょう。ね。
今日、研修の後に、研修前に、あのー、或る先生がお書きになった、もう大変、もう大変な修行をなさった、それで、えー、東京で、もー、まあ、指折り数える中の教会に入る位な、まあ立派なお教会になられた。3年経っても5年経っても,誰もお参りして来なかった。大体、少し信心好きな方のようで、ま、いろいろと様々な修行をなさっておられる。霊様を拝まれるようにもなった。霊様のお知らせを頂かれるようにもなった。ね。
と、言うようなことで、信者が段々集まって参りました。おかげを、ま、頂かれるようになったけれども、そのご本を、今、半分程読んで聞かせて頂いたんですけれども、全く、今朝方よりのご理解、いわゆる合楽のご理解から頂くと、もう何と言うか、白と赤程に信心の相違を感ずる。
良いの悪いのじゃないけれども、これは私の信心過程においても、これは教祖の神様の御信心過程においても、やはり様々な時代がおありになった。
教祖様も、霊を拝まれ、霊から話しかけられなさるような時代もおありになった。ご神格が進まれ、なられるに従って、もう、この道は「和賀心」以外には無い。「天地書附」以外には無い。ためには、天地日月の心になること肝要だというふうに極めたご理解が頂けるようになった。
そこで、合楽では、その天地日月の心を芯にして、私は、今日、えー、皆んなに、今朝のご理解を頂いて、今、その先生が書かれたというご本を聞いて、どういうようなものを感じたかと、まあ、一人一人に尋ねてみた。
やっぱり、そこに、はっきりと合楽の信心と、言うなら、これはその教会だけではないけれども、まあ、今日、いろいろな教会が沢山あって、金光教が百年にもなるのだけれども、それが、そのー、パッとした本当の、広がりに広がっていくことになっていかないのはどういう訳なのかということが分る程しに、そして、私はそれを聞いてね、こういう難行苦行をせんならんなら、とてもお道の教師だんなろうという者がなかろうと思う位な修行をなさっておられます。ね。
そりゃ立派なもんである。美しゅうなりたいといやあ、もう、お下がりを全部信者に下げなさる。やっぱ美しい心ですね。
ところが、合楽の場合は、私が、それこそお下がりは絶対下げません。もう、腐っとったっちゃ下げん。
「はあー、親先生は欲のつっ張っちゃるとじゃろうか。」と言うけれども、私の心はもう一つ、私は、違うと思うです。
これは、私のある知った教会が、ご大祭ともなると、おー、大祭の、これはあの信者さん、この信者さんと言うてズーッと分配なさいます。そうすると、自分方の教会に頂くとなると、なあーんにも無くなってくる。と、いう位に、まあ、美しゅう、信者に下げなさる。
「果たして、それで美しいけれども、信者が助かることに繋がるだろうか。」というのが私の考え方です。
「お下がりなんかという物は下げるもんじゃない」。というふうに、私は、まあ、頂いとりますが、そこに合楽の信心と同じ美しい心と言うても、その美しい心の内容が違うということです。
そういうような話を今日は聞かせて頂いて、朝のご理解と、こう対比しながら思うてどう感じるかと。最後に、「梶原先生、あんた、どう思うか」と聞き、申しましたら、梶原先生がこんな素晴らしいことを言ったんです。ね。
「合楽の場合はね、親先生が、ね、悟りを開かれる前の修行と言うものは、雑行であった。あーでもなかろうかこうでもなかろうかと、様々な修行もなさった。ところが、或る時期を、が来たところから、ね、自分の心の中に大きな心が開けてくる。そこからなされるところの心行が、今日の合楽で言われる『信行、心行、家業の行』というようなことに、悟りを開かれる前の行、悟りを開かれての行、もう絶対の行、間違いの無い行、必ず天地に響く行である。」という意味のことを言うのです。
私は、もう、素晴らしい表現だなと思ったんです。私も、そういうふうにどうか分からせたいと思うばってん、そげな素晴らしい表現出来なかった。ね。
私も、やっぱ苦しい。助けて貰いたい。おかげ頂かんならんから、もう本当に、もうそれこそ、聞きも伝えしておかげ頂いたという人があると、その人の真似をした。
高橋さんとこの近所に大丸という大きな家具屋さんがあります。甘木のご信者さんで、ご本部に二度参られる。甘木には毎月お日参りである。勿論、初代のお取次を頂いて、今日の財をなしておられるというお方なんです。あれは何とか言う?、田原さんね、田原さん。その田原さんの、私、話、私の修行中に聞いたんです。それは、もう大変な、もう、そのー、当時のことだから相当の金であったでしょうけれども、甘木の親先生から10円貸し、貸して貰われてからのおかげだったそうですね。もう大変な苦労なさったんです。出光佐三さんの従兄に当る方でもあるんですね。
そして、その方が毎日一生懸命の御用を頂いた後、十時から箱崎から、あの、東公園を一周り1時間かかって、お百度を踏まれたという話を聞いた。
私は、もう、その日から、その晩から、久留米より夜中から参りました。ね。そりゃあ、もう、あのー、寒中でしたが、私は一寸、ひより下駄のごたっとを履いて、霜で道が凍っておるところをカランコロン、カランコロン言わせて、あのー、通るとね、地井川(?)に私の知った人なんかが「はあー、もう大坪さんが、もうお参りしてござるばい。」と、評判になる位に、私はお百度踏みました。お百度というのは、苦行で、お参りしました。
「これは、小倉の桂先生がなさった修行じゃな」。「これは福岡の初代が」。「これは久留米の初代石橋先生がなさった修行じゃな。」と言うて、もう残っておるお話を、それを、一つ一つ修行してみました。なるほど、私はお商売さして頂くようになって、一時、或る時期は、もう置いた物を取るような素晴らしいおかげでした。
そして、しばらく経ちましたら、「願ったことが右、右と願えば左、左と願えば」、とうとう止めなければ仕方がない程しになってしまいましたけれども、ね、その頃には、私の心の中に、それこそ信心の喜びがふつふつとしてたぎるような時代でした。
ですからね、もう、どんな修行でも厭いませんでした。もう本当に様々な、血の出るような、今日、あのー、お話を聞かせて頂いておりましたら、その先生が、その大変藪蚊のおる所でご祈念をなさるから、もう、いっぱい蚊に喰われて、蚊を叩かん修行をなさったというようなことを、出ておりましたが、私もそういう修行もさして貰うた。ね。
霊様関係が、あー、霊様を拝んで、霊様と相対してお話をするというようなことも段々出来るようになった。
「頭が痛い、キリキリ痛む」と思うと、あー、「あんた、頭が痛いとじゃろう。」と言うと、「はあ、もう頭がキリキリ痛みます」。「そうじゃろうのう」ち、私。
こりゃ、もう合楽の先生は、もう、その、まあ、言うならば、「ボコボコ当らっしゃる。」といったような時代があったわけです。
私がお腹が痛みよると、「お腹が痛い」と言うてお届けがあるんです。ね。
皆、不思議がりましたし、有難がりましたけれども、それはそれまでのもので今に続いている人はないです。そういう信、おかげを受けた人達。皆、止めております。村中で参って来とった人達も村中で止めてしまいました。
(?)がそうです。吉木がそうでした。ね。
だから、そういう信心から段々おかげを頂いて、今、言うなら、言うならばです、ね、どうも、言うなら、石橋先生の真似をした、桂先生の真似をしたから、私が徳を受けて、その当時、人がどんどん助かっておったら、今日の合楽理念は生まれとらんです。
私は、そういう先生方の真似では、私は助からなかったんです。おかげ頂かなかったんです。
そして、私はこういう、そういう修行から、言うならば、ね、ちょうど椛目のお広前が、あー、後半年で五年の記念祭を迎えるという、言うならば、椛目の人が助かるようになって、丸四年半目でした。ね。
或る日のご祈念に、神様が、もう、とにかく、私が「私の上に起きて来る一切の事柄、どんな難儀な問題であっても、嫌とは申しません。もう、それを頂くことをしよう。」とする修行でしたから、そりゃ、様々な修行、やっぱありましたけれども、もう腹決めとるから、あー、まあ、言うならば、楽に出来たように思う。いや、私だけではない、私一家の者も楽に出来たように思う。
皆さんも、あの時分のご信者の方達は、もう、それこそ、もう肺病、粟粒結核なんかで、ソう、それこそ、ヨロヨロするごたる人達が10人位、いつも、あの狭いお広前にたむろしてました。前の小川があった。小川で毎日顔を洗うから、村中から、あー、大変な、そのー、攻撃を受けました。ね。そんな時代。
それでも、あー、もうーとにかく、自動車に一人で乗りきらんち言うんです。ステップを、こう上がることが出来ない、抱えて上げにゃんちゅうような、あー、病人もおりましたよ。ね。古賀先生やら荒木さんやらそうでした。
それでも、私は、「そげんた、困る。」と言わなかった。「金を貸してくれ。」と言う人には貸しました。「金をくれ。」と言う人には、御初穂、ごしゅ、あのー、お賽、その時分は御初穂が無かったから、お賽銭箱を引っくり返して上げました。
まあー、その当時、不思議に返って来たのが一丁も有りませんでした。ね。
ですから、とにかく、私の上で起きて来る一切の事柄をです、今から考えてみると、あの時に、「一切の事に御の字を付けて」と言う「御事柄」というような信心の土台、まー、言うならば、合楽理念の基礎土台が、あの時分に出来たと思うです。
そして、段々、そのことが分かれば分かる程、ね、これが真、ここに真一心が立てられる限り、ね、真の信心がある、頂かれる。
しかも、あのー、表行全廃というようなことになった頃からは、いよいよ「人間が人間らしゅう、嬉しゅう、楽しゅう、喜ばしい」信心生活が出来る。そして、おかげが伴のうて来るというふうに、段々変わって来た。ね。
神様が、私がもう本当に何もかにも一切を黙って受ける。神様も、まー、ちーったホトホト感心しなさったごたるふうです。私が何でんかんでん頂くもんですから。ね。
そして、言うならば、言うなら「棒にも箸にもかからんごたる病人を預かることは止めよ。金を貸してくれとか呉れとかて言う者には、絶対貸すな。やるな。」でした。ね。
そして、本当に修行に打ち込みたいから、修行をさしてくれと言う者だけになりましたが、これがまた不思議に、病人を扱ってくれといったような病人の修行は、もう全然皆無でした。それ以来。あのー、椛目の信心の四年半からこっちというものは、ね、本当に修行を求めて、えー、修行する人達ばっかりになりました。ね。
いかに、それが神様のお喜びであったか。また、神様の願いであったか。それを、私が本気で取り組んで、そして、まあ、お知らせに頂いたように、ホウレン草を畑から引っこ抜いて来て、そして、泥が付いとろうが、赤い葉が付いとろうが、赤いひげがこうこう付いとろうが、もう、そのままを一切黙って頂いた。ジャキジャキするような場合もあった。ね。
けれども、ね、私は、もう頂くと決めたら頂くことにしたんです。貫いたんです。
そしたら、四年半目に、これからの、言うなら、こと。そこから初めて「成り行きを大切にする。成り行きを尊ぶ。」という、ね、または「成り行きを願うていけ。」という信心が生まれたんです。
それから、段々おかげを頂いていくうちに、なら、ここで合楽理念といったようなことが、いかに、もうそれこそ千年も万年も前から、神様がいる間に間に、合楽にお広前が出来て、それを合楽、大坪総一郎が、ここの教会長としておかげを頂かなければならない訳が段々分って来た。ね。
善導寺、勿体島、椛目、常持、合楽、これもそうなんです。
ここの後ろが、(ねくら?)天神と言う地名、こちらには天神橋と言う橋がある。いわゆる、天神様がここに、真ん中にドンと座んなさらんならん感じである。
私どもは、ちなみに、いわゆる天神様の御紋ですからね。で、そういうような様々な神様の願いの中にあってです、もし、なら、私が、ね、桂先生の真似をさして頂いたり、石橋先生の真似さして頂いたら、御比礼が輝き出したというのであったら、今日の合楽理念は生まれてないことが分ります。
私が、それでは助からなかったんです。ね。
確かに一つの信心の基礎ではありましたけれども、とにかく、「あーでもなかろうか。こーでもなかろうか。」と、手探り的な修行を、今日は、そのご本の中から様々な修行をなさっておられる先生の話を聞きました。もう、本当に身の毛のよだつような修行をなさっておられます。だから、そこにはね、まあ、言うならば、ちょっとした霊能者的な働きがあったり、ね、霊がこう拝めたり、幽霊を拝まれたりといったようなことも、そのー、出来られるようになった。けども、これが、未だ半分しか読んでおりませんから、おそらく、段々段々、ま、向上していかれるに違いないですけれども、そういう信心は、結局、私が、ね、椛目で一生懸命修行さして、聞き伝えに、「お百度踏みなさって、あげなおかげ頂きなさったげな。」と聞きゃ、お百度踏んでみる。ね。もう、断食とか水行とかということは、もう目の中に入らん位だったですもんね。私の場合は。ね。
様々な修行もさして頂いたけれども、それでも、私自身は助からなかったということ。ね。そこから、言うならば、もう、これただ、もう他に修行の手立てが無いもんですから、ね、これは私が思いついたわけです。ね。
「私の上に起きて来る一切の事柄を黙って受けます。有り難く受けます。これを私の生涯の修行とさして頂きます。」というような修行を、私がはじめた時の神様の感動、喜びは、それこそ、皆んなに言うけれども、大変なことではなかったろうかと思うです。
「本当のことに気付いてくれた」。ね。そして、それを四年半、ジーッと見守っておって下さった。
ところが、もう頂かんでも良かとこまで頂くもんですから、神様がたまりかねたようにして、「これからは、きれいにホウレン草というものは、なかなかね、力がつくもんだから、頂かねば。けれども、それはひげはむしる、泥はきれいに落として、赤い葉も取って、ね、おいしく頂けるところだけを全部頂けよ。」ということになったのが、今日の合楽理念の土台なんです。ね。
そこでです、言うならば、合楽の信心がそのようにして、えー、まあー、合楽理念の誕生ともなり、合楽理念が助かりの理念として、もう最高峰の修行として、皆さんに日々、聞いて頂くわけなんですけれども、今日はね、「一心を立てればおかげになる「と言う。
例えば、もうこれは現代医学ではどうにも出来ない。ね。例えば、石を溶かすなんかということは現代医学ではなんか薬ですることが出来るそうですね。いよいよ「手術でもいかん。何でもいかん。」と言う時には、やっぱ、ひどい薬を使って石を溶かすんだそうです。
ところが、神様のおかげを頂いて、そういう薬を使わずに、「影も形も無くなった。潰瘍までも無くなっとった。」というようなおかげは、この世羅さんの一心によるもの。
勿論、毎日、鞍手の柴田さんがズーッと後御祈念をなされますと同時に、毎日、そのことのお届けがございました。ね、まー、お導き者も良かったわけ、本人もまた、一心を立てた。ね。
そこで、私は、今日参って来た時に申しますように、ね、例えば、そういうおかげの頂ける神様なのだから、「今度はおかげのための一心ではなくて、真の信心を頂くことのために、一心の真を立てなさい。」と言うて、まあ申しましたが、今朝からも皆さんに聞いて頂きましたように、もう、私は今朝からね、もう、これ程の、言うならば、御理念の内容の素晴らしさが分れば分る程、今日、ビリグイの御大祭のお礼、お礼の手紙が参っとりましたが、もう本当に、思いもかけない賑やかな御大祭であった模様を知らして来ておりましたが、もう本当に、親先生の祈りの圏内で起きておる、合楽理念の、に基づくおかげによるビリグイ教会の御比礼だということが書いてある。ね。
それこそ、五年、何年間も、そのー、まあ、飲まず喰わずのような修行しなかった。ね。
先生があちらに行って十日間でしたね、一人も参らなかったのは。ね。
そして、或る時、或る日、あの、あちらのブラジル人の中学校の校長先生ちゅう方がお参りをして助かった。それから、お参りをなさって竹内先生にブラジル語を教えられるというような働きになって来た。で、今日に、まあ、至っておるわけですけど、ね。
だからね、一心をもって、合楽理念を身に着けて、それを行じていかなければね、こういう素晴らしいお話を、皆さんが「毎朝、聞いとります。覚えました。」だけではなくて、これを血、肉にするためには、例えば、今日は「信行、心行、家業の行」とこう、なら、家業の行だけに、ま、絞って聞いて、先ほど聞いて貰いましたけれども、とにかく、我を忘れて出来る御用を一つ、目指さなければならぬのです。
無条件です。これを、これからここまですれば幾らになるからという算盤を抜きにして、ね、言うなら、我を忘れるの行になって来る時に、もう算盤は要らなくなって来るです。ね。
合楽では、他にはもう行はございませんから、この家業の行を本当の行にしていくための工夫や精進を、日々のご理解に基づいて、その行に取り組んで行くという。ね。
そこで、私は、皆さんに、今日、ま、朝のご理解に結びましたことでしたけれども、どんなに素晴らしいお話を頂いても、「おかげを頂かなならんから、毎朝こげんして参って来よる。」ということではなくて、そりゃ、おかげも頂かんならんけれども、そのことを通して、真の信心を分らして頂く喜び。だから、私は、今、「本気で真の信心が分りたい。真の信心が分りたい。」という、その一念を燃やす人があったら、もう、合楽に来たら、もう、もうそれこそ、合楽から離れられん位にあるのではなかろうかと思うです。
真の信心の手立てというものが、しかも、こういう手近なところに、こんなに見易う行じていけれるんだということが分ったら。ね。
だから、それを、結局、一心を立てるということを、真の信心を本気で分りたいでなからなければ、「あの世にももって行け、この世にも残しておける」ということになって来ない。
おかげを頂くために一心を立てる。ね。神湊から毎日日参をして来た親子三人の者が一心を立てた。1ヶ月目には、それこそ、医者がたまがるように、影も形も病根が無くなっておるという程しのおかげが頂けれる神様なんです。これは、おかげを頂くための一心。だから、おかげを頂くでも、やはり、一心を立てないけん。ね。
だから、そこが分ったなら、今度は、信心を、いわゆる、真一心の信心を分らせて頂くための一心を立てさして貰うて、ね、本当に頂く構えを作ったら、合楽で私のするお話が、それこそ、日々、血、肉になっていくこと疑いなしという感じがいたします。
問題は、一心に、ね、真の信心が頂きたいと、例えば、今日、世羅さんがです、「本当に手術をしようごとない、どうでも助けて貰いたい」の一心で、なら、神湊から日参をして来られたように、その一心のこの願いの、願いの、その願目がね、これはもう、言うなら,あの世にももって行けるお徳を頂くことのための、言うなら、真の信心のための一心を立てるならば、今、合楽で頂けておるご理解は、これはもう大変なご理解になるというふうに思うんです。ね。
それをだから、聞いておるだけではね。どんなに素晴らしい、ただ、どんなに素晴らしいおご馳走を「ホラ、これは、おいしかろう。」と思うて見とるだけで食べんなら、血にも肉にもならんようなものだ。ね。
本気で、それをです、頂く気にならして貰う、そこに一心を定めて頂きたいというのが、今朝からのご理解でした。
どうぞ